広島SF大全5 光原百合「扉守」

 

光原百合「扉守」(文春文庫)

さて、ここまで広島市の歴史を踏まえた硬派な作品が続いたが、もちろん広島SFはそれだけではない。ここで少し視点を変えて、広島県内の他の都市を見てみよう。呉、竹原、福山、尾道…いずれも古い歴史を持ち、独自の文化の蓄積を誇る。それぞれに別の顔を持つ別の街なのだ。もちろんそんな街には時にSFめいた不思議があれこれと潜んでいるものだ。

今回紹介するのはそんなうちのひとつ尾道市。作品中では「潮ノ道」となっているが、描かれる景観・地理・歴史は尾道そのものだ。
著者・光原百合は尾道在住のミステリ作家で、尾道大学芸術文化学部准教授という顔も持つ。他にも詩集・絵本・童話など多彩に活動しており、本書はそんな光原が手がけた郷土愛に満ちた地方都市ファンタジーである。

尾道に限らず、歴史ある地方都市に住むことは、独特の楽しみがある。自分の場合ならば高松・舞鶴あたりに住んでいたころがそうだろうか。
地方都市のコミニュティは小さく、文化人のサークルはさらにまた小さい。だが歴史ある街では「文化を絶やしてはいけない」という意識が強く、ひそかな一芸を持つ人々が網の目のようにネットワークを張り、独自の世界を形作っている。八百屋の主人が書道の名手であったり、電気屋のおかみさんが見事なフラメンコを踊ったり、市役所の広報係長が思いがけない前衛アートの大家であったり…そんな街では文化人の垣根が低く、ふらりと出かけた画廊喫茶で店主と話をしているうちに、気付けばネットワークに組み入れられていたりするものである。
古い街では「えっあの人がそんなことを」と驚くような意外な顔にいつも出くわす。別に隠しているわけではないのだろうが、昨晩のコンサートで喝采を受けたバイオリン奏者が翌日、近所のラーメン屋でネギを刻んでいたりするのを見るとなんとも不思議な気分になる。あなたのすぐそばにいる人々が、実は別の顔を持っている。そんな眩暈のような不思議な感覚。

本書の場合、そんなささやかな文化人たちをつなぐ拠点の役割を果たしているのが、山手にある持福寺の住職を務める了斎。どこの街でもこういう拠点はあるものだ。尾道に潜む様々な不思議を知り尽くしているが、あくまで飄々とマイペース。けっして慌てず動じず、笠智衆演じた「御前様」のような雰囲気である。全7篇から成る連作短編すべてに登場するのは了斎ただ一人であるが、前面には出ず狂言回しに徹している。

潮ノ道=尾道では、ひなびた地方都市の裏側に、様々な不思議が隠されている。名物飲み屋「雁木亭」が守る奇妙な古井戸の伝説とは? 定期的に巡ってくる劇団「天音」に所属する俳優サクヤが持つ奇妙な力とは? 喫茶店セルベルの青年店主が手がける「裏稼業」とは? 街へやってきた「写想家」が引き起こしたひと騒動とは?
いずれも尾道という歴史ある地方都市ならあるかもしれぬと思える絶妙な匙加減で配合されたファンタジー風味がすばらしい。特に表題作「扉守」は、作りこまれた世界観に裏打ちされた、限りなくSFに近い物語である。自分の体験に照らしてみても、大いに納得できる。人々はこのようにこっそりと別の「裏稼業」を持っているものなのだ。実は別に秘密でもなんでもないのだが、普段はしれっと無関係を装っているのは、地方民のシャイな一面のせいなのかもしれない。尋ねれば「ええ、実は」と照れながら答えてくれる。それもまた魅力である。

だが各編の主人公はいずれも高齢化した地方都市では浮いた存在である若者たち。当然地方都市ならではの常識や約束事を知らず、不用意に怪異の中に迷い込んでしまう。
つまり本書は尾道という街を抜きにしては成立しない。怪異はすべて尾道の風土や歴史に根ざして起きており、いわばローカルシティ・ファンタジーというべきもの。尾道の街こそが真の主役といえるかもしれない。

ちなみに本書は、2010年、県内の書店員有志が集まって選出した「広島本大賞」の栄えある第1回受賞作でもある。「広島本大賞」はネット上でかなり話題にもなったようだ。本書の文庫版刊行にあたっては「第1回広島本大賞受賞作」と帯に刷り込まれ、解説は選考委員を務めた広島の書店員・児玉憲宗氏が担当したほどだ。
東京、静岡、北海道と続いてきたご当地SF大全であるが、地元住民によるご当地作品が選出されている事例を目撃するのは初めてだ。これは広島人独自のメンタリティによる可能性があるという。このあたりは、本大会のパネルでいずれくわしく紹介することになるだろう。ご当地SFには必ずつきまとうことでもあるが、今回は特に「内側からの視点」を注意して見て行く必要がありそうだ。
「広島本大賞」は今も継続して開催されている。第三回のこのたびはコミックに絞った選考なのだそうで、西島大介や山岸涼子がノミネートされている。SFファンとしても今後の展開も目が離せないことになりそうだ。(高槻 真樹 )

カテゴリー 広島SF大全
投稿者 SF評論家グループ

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