広島SF大全16 『一町八反日記』

広島SF大全15 『一町八反日記』(明智抄)

一町

((株)ぶんか社 2012年9月1日 電子書籍版発行)

 やはり「広島SF」だった。
 おかげで、他の仕事がちっともはかどらない。困る。

 評論に私事を持ち込む奴は嫌いだ。執筆の裏事情とか、そんなものに興味はないし、読もうと思わない。説教したい衝動にかられて苦しいではないか。いかん、いかんよ。評論とは客観的なものだよ。誰が読んでも納得できるような根拠と論理性をもって記述すべきなんだよ。小学生の感想文じゃないんだから!

 私、宮野由梨香がこう考えていたのは、たぶん十代の頃からであっただろうが、もちろん今(五十代だよ♪)だって変わっていない。であればこそ、組織の中でそれなりの位置を獲得した今があるわけだ。同僚に「ワーカホリック」とか言われながら、仕事に私事を持ち込んだりせず、ずっとやってきたのだよ。

 だけどね、小学6年生の次女の運動会を見に行くくらい、いいんじゃない? もう、これで宮野の人生に「子供の小学校の運動会」はないし! しかも今年はその日に休んでも、仕事にほとんど影響がないんだよ。……ってことが確定したのは、運動会の前々日の5月23日のことだった。

 「青天の霹靂、優曇華の花、盲亀の浮木」と夫は言った。「私の時は、来てくれなかったくせに!」と中二の長女は怒った。「ごめんね。…じゃ、お弁当は、お姉ちゃんのリクエスト優先で♪」と、宮野は言った。「え? いいの??」と、長女は目を輝かせた。

 「『サンプル・キティ』のお弁当がいい! ああいうの、つくって!!」

 宮野の目が点になった。『サンプル・キティ』って、あの明智抄の? あの作品に出てくる食べものといえば、ヤキソバしか思い当たらないぞ。いや、お弁当といえば、「もしかして、あの動物園で食べていた…?」

 「うん!」

 それで、久しぶりに『サンプル・キティ』を開いた。お弁当の絵は110頁(ソノラマコミック文庫版・第一巻)にあった。「このおかずは、レンコンのきんぴらと、……この巻いてあるのは何かなぁ?」「あ、おかずは、唐揚げとエビシューマイとブロッコリーがいいな♪」「この絵は、そうは見えないけど」「違うの。こんふうに、お重に詰めて欲しいの」

 「もしかして、あんたのこだわりどころって、『お重』なの?」「うん。お重でね、おにぎりは、こんなふうに三種類を三列に並べて欲しいの♪」 宮野は脱力する。「だったら、最初っから『お重に詰めて、』って言えばいいでしょう!」

 「だって、『サンプル・キティ』の絵が浮かんだんだもん」

 『サンプル・キティ』は、明智抄のSF少女マンガの傑作である。ヒロイン小夜子の兄はマインドコントロールの能力を持つ超能力者であった。この動物園での弁当のシーンで、小夜子は衝撃の事実を知る。夫が小夜子と結婚したのは小夜子の遺伝子を監視するためだということ、かつて盗まれた自分の卵子が既に軍事利用されつつあること。平凡な主婦のはずの小夜子の日常が、いきなり非日常に浸食される場面だ。家族で過ごす動物園の平和な情景が一転して種の遺伝子管理の戦場と化す。小夜子はショックのあまり、立ち上がることもできない。

 こんなシーンのお弁当だぞ! わかってんのか、長女!!

 5月25日(土)、運動会当日は快晴だった。お重に詰めた弁当はずっしりと重かった。次女は出場やら応援やら係の仕事やらであちこちに出没していた。長女は保護者席で日傘を差しながらウルウルしていた。「ずっと、こういうのがやりたかったの。神さま、ありがとう」 私はちょっとムッとする。

 違う! 「おかあさん、ありがとう」だろうがぁっ!!

 何かと言えば「神」とか「運命」とかを持ち出す奴が、私は嫌いだ。そういうのって、つまりは「人知を超えたもの」を設定してそいつに責任転嫁がしたいわけでしょう? 自分に自信がなくてさ、自分に自信をつけるような努力をする代わりに架空の存在を設定してすべてをそのせいにしようという魂胆が美しくない! そういう奴って、単なる偶然をさも意味のあることのように拡大解釈する癖があるよね? 現実逃避型思考のバカ、大バカ者だわ。あああっ説教してやる! そういうのはマチガっとるよぅ! もっとこう、現実を見据え、受け入れて、まっすぐ見たり受け入れられない場合は、何がネックになっているのか、それはたいてい自分のトラウマであったり弱点であったりするわけだから、それを見つけ、癒し、尊敬&信頼できる自分になるために地道で地味だけれど大切で確実な努力を、神頼みやら運命論やらにハマっている人々はおこなうべきなんだ。それが生まれてきて、生きていく人としてのあるべき姿なのではないか、と私は常日頃から考えている。……というようなことを長女には言わなかった。さすがに不憫だったからだ。

 さて、運動会の夜、娘たちは夕食を食べてすぐに寝てしまった。 私は「明智抄」に関してネット検索をかけてみた。新刊がでていないか、確かめたくなったのだ。そして、『一町八反物語』の存在を知り、すぐに購入した。「電子書籍」なので購入ボタンを押してすぐに読むことができた。 こう始まる。

8年前
東京生まれ東京育ちの夫を連れて
広島山間部の自分の実家に帰り
両親と同居を始めた明智です
実家は稲作農家で
父 大正15年生まれ
母は昭和7年生まれ

 かくて、繰り広げられる物語は「稲作日記」である。あらおこし・塩水選・種蒔き・代かき・田植え・草取り・水の管理・病害虫駆除……稲作をめぐる話題は尽きない。登場人物は、稲作ベテランの両親、マニアックなまでに稲作に積極的な大学教師の夫、農家の娘でありながら稲作ほぼ素人の主婦兼マンガ家の妻、前夫との息子、今夫との娘。広島の山間部にくり広げられる具体的なエピソードのひとつひとつに現実の重みが感じられる。それと同時に、どこか飄々とした不思議な味わいもある。

 「これ、広島SFじゃないの!? 次のアップに向けて、私、書くわ!!」

 と、一気に読み終えた『宮野』が叫ぶ。「稲って植物は、存在自体がSFだと思っていたのよ。連作障害が起こらない作物なんて、例外中の例外だわ。人類の定住を促したのは稲よ。稲作というのがいかに高度なテクノロジーかが、これ、読むとわかるわ」 あわてて、宮野は『宮野』をなだめる。「落ち着いてね。「広島SF大全」の今度の担当者はあなたじゃないのよ」 『宮野』は、こともなげに言い放つ。「ああ、そうね。でも、書くことになるわよ」 「……何を根拠にそんな」 「ここ1週間の流れを思い出してみて」 1週間? 何かあったか?? 「Iさんが腰痛だったわよね」 そうだった。同僚の温厚で博学な紳士Iさんは腰痛が持病なのだ。「あなた、こう尋ねたわよね。『腰痛って、直立歩行のせいですか?』って。そしたらIさんは『いや、農耕牧畜のせいです。腰痛の歴史は稲作とともに始まります』って」  そう、あれは火曜日だったから5月21日のやりとりだ。

 「翌日の水曜日には、あなた、唐突にSさんに話しかけたわね?」 わああっ、思い出した。廊下ですれちがいざまに、確かに私はこう言った。「連作障害が起こらないのは稲だけですか?」 そしたら、返事はこうだった。「水稲だけです。陸稲は連作障害を起こしますからね。だから、田んぼってすごい発明なんですよ。主食を毎年作って、しかも連作障害を起こさない仕掛けですから」

 どうして自分がそんな質問をするのかよくわからなかったが、しかし、これを「流れ」とか言われてしまうと、がぜん反発したくなる。 「書くことになんかならないし、書かせるわけにもいかないわよ。前回、書いたばかりじゃないの」 「だって……」 「それより、今、書くべきものが別にあるでしょう?」 「………。」

 すっかりヘソを曲げた『宮野』はストライキに入ってしまった。 おい、それ、困るんだよ。 宮野に評論は書けない。宮野は、有能な職業人かつ常識的な二児の母にして貞淑なる人妻である。評論などという呪われたものは、もっぱら『宮野』が書いているのだ。『宮野』が書かない時は仕方なく宮野が書くんだけど、そうすると、ロクでもないものしかできない。これは今までに何度か経験・実証済みである。 「わかった。「広島SF大全」にあと一回くらいなら書かせてもらえるだろうから、次回以降に入れてもらおうね。」

 「ダメだもん。6月1日アップ分だもん。それしか書かないもん。私が言うんじゃないもん。載りたいって言っているのは、この子だもん」
この子とは『一町八反日記』のことらしい。 「どうして6月1日にそんなにこだわるの?」 「知らないの? 6月1日は『気象記念日』よ。稲作に気象がどんなに大事かなんて言わせたいの? 早く書かなきゃ! アップが間に合わなくなっちゃう!!」 冗談じゃない、しっかりしろ『宮野』。 宮野が悪かったわ。実存的な我慢が積み重なっていることはわかっているわよ。もう、書いた原稿を無理矢理とりあげてデリートしたりしないから正気にかえって。関係ない人を妄想に巻き込むのは、やめてぇ。 そうだ! 「宮野由梨香の受賞作は背理法を用いた論です。そのつもりで読んで下さい」って、今からネットに流そうか? そうしたら少しは気が晴れるんじゃない?

 「あれはあなたの受賞作。私には関係ないわ」 しゃらりと言う。なんて勝手なんだ、ついこの間まではすごくこだわっていたくせに。だが、本当らしい。『宮野』に意識をスライドさせてみた。ただ『一町八反物語』について書きたい、書かなくてはならないという思いだけがひたひたと満ちてくる。これって、どこから来るんだろう?

 「どこからって、決まっているじゃないの。作品というのは、通路のようなものよ。そこを通ってパワーはやってくるのよ」 つ、ついていけない。巻き込まれる前に、宮野に意識を戻す。

 「だって、この作品舞台の土地が、この人とこの夫を結びつけて呼んだってことは明白じゃない? そのことは書いてあげなくてはいけないと思うのよ。それに、この子も『書いて』って言っているんだから」  全く『宮野』らしい発想だ。妄想はいい加減にしろ、馬鹿女。確かに、稲作農家の娘であるこの人と、稲作に対してマニアックなまでに積極的な夫が、いかなるシンクロニシティの連続によって結びついたかは、「笑う『私』、壊れる私」(『彗星パニック』(廣済堂文庫・2000年)所収)に書かれているがなぁ、それも「小説」だよ? ある程度は事実を踏まえているらしいが、そもそもが小説とは根本が虚構なのだからして、それが土地の仕業だなんて、その発想自体がどうかしているわよ。

 こうして宮野と『宮野』は和解せぬままに数日をすごし、そして5月29日に「6月1日アップ予定の原稿執筆者」からメッセージが届いた。執筆がはかどらず原稿が間に合わないかもしれないとのことであった。 た、単なる偶然よ。よくあることよ。ここで動揺しては『宮野』の思うつぼ。せめて宮野がしっかりしなくては。 『宮野』は含み笑いをしながら言う。

 「『間に合わなくっていいから』って、伝えてよね」

 わあぁっ、書くなってば! 書き始めていいなんて言ってないぞっ!! しかも、パスティーシュ!? それって明智抄の読者じゃないと意味わからないからっ!

 でも、……まあ、いいか。『宮野』の要求どおり、そう伝えてやっても。どのみち、この原稿をアップするまで、もう他のことは考えられないのだし。

(宮野由梨香)

彗星

キティ

カテゴリー 広島SF大全
投稿者 SF評論家グループ

コメント

コメントする