広島SF大全11「タビと道づれ」

たなかのか「タビと道づれ」(マッグガーデン)全6巻

尾道を舞台にした物語をもう一本ご紹介したい。著者は広島県生まれのマンガ家。文字通りご当地作家による作品だ。以前紹介した「扉守」も地元在住者によるものだが、あの作品の中の尾道は外側に向けて開かれた、明るいコミュニティだった。だが本作品の描く尾道はもっと不条理だ。外部と遮断され、延々と同じ一日を繰り返す閉ざされた世界。というといかにも短編めいた設定だが、ご覧の通り全6巻というかなりの大作である。ありふれた閉鎖空間に次々と壮大なアイデアが組み込まれていき、気がつけば非常に大きなスケールをコンパクトな空間に包み込んで鮮やかに着地する。

伏せられている要素が大変に多く、丁寧に説明すれば作品の魅力を削ぐことになってしまうのがなんとも悩ましい。とはいえ何も語らなければ何も伝わらない。少し抽象的になるが、気を配りながら魅力を語ってみよう。

本作品の主人公である15歳の少女・タビは、とても引っ込み思案で気が小さい。人付き合いが苦手なため学校生活が辛く、ある日、子供の頃住んでいたなつかしい尾道(作品内の表記は緒道)へと発作的に旅立ってしまう。そこには、尾道を離れた後もずっと文通を続けていた「航ちゃん」が住んでいるから。「航ちゃん」の言葉こそが、孤独なタビにとって唯一の心の支えだったのだ。

だが久しぶりにたどり着いた緒道は奇妙な法則に支配された異界となっていた。住人たちはごく一部を除いて気付かないまま同じ一日を繰り返し、外部とは隔絶している。異変に気付いた数少ない住人である少年ユキタと駅前の交番に勤務する警官・ニシムラさんは何度も脱出を試みるがうまくいかない。そんな渦中に突然放り出されたタビは、ユキタや ニシムラさんと協力しながら、少しずつ街に隠された秘密を探り出していくことになる。

街の外に出ることができないばかりか、通行不能な道も多く最初は駅前からほとんど移動できない。無理に渡ろうとしても地面が崩れ落ちたり闇の中に沈んだりして大変に危険。やがて通れない道はセキモリという特殊能力を持つ住人たちに管理されていることがわかってくる。通行できる範囲を増やすためにはその道のセキモリからテガタを分けてもらわなければならない。

だがセキモリとは何か。テガタとは何か。緒道はなぜこんな異様な世界に変わってしまったのか。そもそも誰も入ることも出ることもできないはずの場所に、なぜタビは足を踏み入れることができたのか。すべての謎には理由がある。世界の成り立ちの謎が解き明かされていく過程は、これ以上ないほど見事なSFとして結実している。巧妙に張り巡らされた伏線は巧みで、登場人物たちの名前にも重要な意味がある。もちろん「航ちゃん」が誰で、タビと「航ちゃん」が会えるかどうかにも大きな意味がある。

閉じた世界、繰り返す単調な一日、出ることのできない構造。尾道に限らず、地方出身者が必ず抱えるジレンマが具現化しているのが興味深い。生まれ育った土地が好きだという思いと、こんなしがらみだらけの何もない場所から出ていきたいという思い。その二つの間で翻弄される人々。役者を志し「こんな町出ていってやる」と決意したその日に異変に遭遇し、何度も何度もあきることなく脱出を試みるがことごとく失敗するユキタは、その代表格と言えるだろう。

世界から脱出するためには世界を知らなければならない。だが脱出できるほど十分に知った後では、情が生まれ、出て行くことが難しくなってしまうのだ。

だからこそ、この物語の舞台は緒道=尾道でなければならなかった。詩情にあふれた見事な景観はとても印象的で、映画のロケ地として何度も利用されている。だが経済的繁栄からは遠く、若者は時に持って行き場のない閉塞感に苛立ちを感じるだろう。どちらも本当の尾道のいま現在の姿だ。

作品中に詳細に描きこまれた「坂の町」としての緒道の見事な景観は、現実の尾道の風景に基づいており、愛読者によるルポもネット上にたくさんアップされている。単行本を片手に尾道を巡れば、作品そのものの世界が広がっている。その意味では、これほど広島SFの名にふさわしい作品もないだろう。地理的な意味でも心理的な意味でも。

ここでは、作者たなかのか自身によるツイッタールポを挙げておく。
http://togetter.com/li/429557

物語は土地と人とのかかわり、人と人とのかかわりに踏み込んでいく。かわいらしい絵柄が持ち味の作者が大きく作風を変えた転換点となった作品である。

単行本は残念ながら歯抜け状態で何冊か絶版になっており、特に最終六巻はかなりの高値で入手が難しい。だが幸い、各種の電子出版で容易に入手できる。何よりもまず、一度読んでみてほしい。きっと夢中になるはずだ。

この後、現在連載中の最新作「すみっこの空さん」は、カメと少女の哲学的思索をたどった異色作となっている。たなかのかはどこへたどりつくことになるのだろう。これからも目が離せそうもない。(高槻 真樹)