『怪奇大作戦』第5話「死神の子守唄」

日本映画史に不朽の名を残す東宝映画『ゴジラ』の特殊技術を担当したのは、円谷プロダクションの創設者として名高い円谷英二である。円谷プロは『ウルトラQ』『ウルトラマン』などの特撮テレビ番組を次々と世に送り出し、特撮物をテレビ番組のジャンルとして確立することに貢献し、一時代を築いた。

 『ウルトラセブン』の後番組として1968~69年にかけて放映されたのが、円谷プロの最高傑作とも呼ばれる『怪奇大作戦』である。円谷英二の名を監修者の名に持つこの番組は、彼の出世作である『ゴジラ』と深い類縁性を持つ番組である。

 第一に科学的知性が悪を倒すという基本的構図は、『ゴジラ』と『怪奇大作戦』の両作品に共通している。『ゴジラ』では、平田昭彦演じる物理学者芹沢大介博士が開発した「オキシジェン・デストロイヤー」によって、東京を火の海にした無敵のゴジラは滅ぼされる。一方『怪奇大作戦』では、SRI(科学捜査研究所)と呼ばれる特別チームが警視庁の手に負えない犯罪者たちを科学の力で制圧する、という設定になっている。

 第二に、悪を倒すはずの科学者が倒される側の悪に感情移入してしまう、という複雑な陰影が作品を彩り、そこに昭和のある時代の影を反映させている、という点で、『ゴジラ』と『怪奇大作戦』は共通している。ゴジラを倒すヒーロー芹沢は、戦時中に片目を失い、アイパッチをつけた不吉な顔を常に観客に晒しているが、この影を持つ人物を、加藤典洋は「芹沢には、戦後、行き場をなくしたばかりでなく言葉すら失った戦中派の暗さが、よく現れている」(「さようなら、『ゴジラ』たち」)と評している。また加藤は、ゴジラを太平洋戦争で死んだ日本兵の怨霊であるという視点を打ち出しているが、ゴジラと芹沢は戦後日本に対して、屈託あるスタンスを共有しているのだ。ゴジラを倒した芹沢は、命綱であるロープを切断し、海底へと沈んでいくが、このエンディングはゴジラと芹沢の心中とも受け取れる。

 『ゴジラ』での平田昭彦の存在感は際立っている。平田の肉体が湛える独特な虚無は、ゴジラの存在感と拮抗している。クイズ番組「ぴったしカンカン」(久米宏司会による)での「平田のおじさん」しか知らない私にとっては、『ゴジラ』の平田はいささか驚きだった。おそらくは『ゴジラ』を通して平田ファンとなった音楽評論家の片山杜秀は、中学生の時に、帝国劇場出演中の平田の楽屋を訪れ、以後彼と文通を交わすようになるが、片山は平田の戦後史を次のように描いた。「陸軍士官学校在学中に敗戦をむかえ、戦後、東大法学部を卒業するも、もう国家には仕えられないと官僚の道を進まず、民間企業に入るもそれもいやだと辞めてしまい、昔なら賤業の役者に身をやつした」(『音盤博物誌』)そのような平田昭彦における、『ゴジラ』の芹沢博士から「ぴったしカンカン」の「平田のおじさん」への歩みのうちに、日本の戦後の変遷が垣間見られるように思われる。

 『怪奇大作戦』も、『ゴジラ』同様、翳りに同調する傾向を強く持っていた。芹沢の役を担うのは岸田森が演じる牧史郎である。SRIの実質的なリーダーであり、犯罪を読み解く科学推理を一手に引き受けている。いかにも科学者らしい立ち振る舞いを日ごろから見せるが、SRIのメンバーの中で、牧を際立たせているのは、時代の裏側に秘された敗者の恨みに対する感度が極めて高いことにある。影を担える肉体を牧史郎=岸田森は特権的に有しているのである。このような肉体的資質は、戦後生まれという設定の三沢京助(勝呂誉)や野村洋(松山省二)には無いものである。ちなみに牧は1941年生まれの設定になっている。ところで最近、岸田森の目鼻立ちが若い俳優の加瀬亮に似ていることに気づいた。加瀬もまた、翳を担える肉体の持ち主である。加瀬は好青年から犯罪者まで演じ得る奥行きの広さを持っている。

 岸田は、『スタートレック』のスポックのようなエイリアン性をごく自然に身に纏っているが、本人は自分のことをいたって普通人と考えていた。人から「変わっている」と指摘されて、初めて自分の異質性に気づくほどだったという。とはいうものの、樹木希林と結婚していたという事実からも、岸田の特異な存在感がうかがえよう。また、女優の岸田今日子とは従妹の関係に当たる。彼の独特な存在感は、クセのある映画人の感性や想像力を刺激するらしく、実相寺昭雄、岡本喜八、神代辰巳の作品の常連だった。とりわけ山本迪夫が監督した『呪いの館血を吸う眼』でのドラキュラは当たり役で、岸田の名を不動のものとした。吸血鬼の悲哀を見事に表現していると評される(文学座の後輩である長谷川博巳は岸田の崇拝者で、岸田の当たり役ドラキュラを演じることを俳優としての夢にしているという。これほどまでに、俳優や監督を虜にする存在はそうめったにいない)。岸田には正常人と異常人、良市民と犯罪者、この世とあの世のような境界線の危うい領域を、肉体において生きる、という稀有な才能が備わっていた。同年代の山崎努とも通じる狂気を孕んだ肉体の持ち主であった。

 そのような牧の特殊な資質は「悲壮なプロファイラー」と呼ばれもするが、その特徴がよく出ているのが第8話「光る通り魔」、第16話「かまいたち」、第25話「京都買います」のような作品であろう。そしてまた、ここで取り上げる「広島」と関わる第5話「死神の子守唄」も、影と戯れることに成功している作品だ。

 多くの『怪奇大作戦』のストーリーがそうであるように、第5話「死神の子守唄」も夜の闇を背景にしている。『怪奇大作戦』でも冴えた演出を見せつけた実相寺昭雄は、美しい若い女性を夜の闇の中に走らせる。ファーストショットで、実相寺の登録商標とも言える極端なアップが、夜の闇に浮かび上がる女性の恐怖に歪む顔をとらえる。「誰か助けて」と悲鳴を上げる女性の小走りに逃げ惑う姿を横からとらえたショットがそれに続き、再び女性のアップ、拳銃のような道具のアップの後、銃の光線によって冷凍化された女性の肉体が映し出され、緊迫した空気を切り裂くかのように、噴水池にダイヴする氷の肉体の画面が続く。こうした一連の小気味よいショットの連鎖がSRIが追うことになる連続殺人事件の導入となる。

 この陰惨な事件の背後にあるのは、昭和20年の広島への原爆投下による「体内被曝」という重たいテーマである。この問題を物語として語ろうとするならば、子供番組として放映された『怪奇大作戦』の30分番組という枠組みはあまりに短すぎる。物語が成立するには90分ぐらいの尺が必要であろう。じっさい、「死神の子守唄」は物語として見るなら、ご都合主義的であり、おかしな矛盾が散見される作品である。けれどもこの作品がリアルな感触を見るものに伝えるのは、肉体の実在感を確実に映像内に定着させているからだ。

 ところで、この作品を未見の方のために、まずはストーリーを見てみよう。不可解な殺人事件を追うSRIは、事件にスペクトルG線が使用されていることを突き止める。スペクトルG線とは、原爆病を治すことができると言われているが、そのためには原爆以上の熱量が必要なため実現不可能とされている科学技術である。ところがそれを逆転させて、冷凍化の方向で実用することを考えついたのが天才科学者吉野貞夫である。彼の動機は、体内被曝によって、肉体を犯された妹を救うことにある。妹は高木京子という芸名で「死神の子守唄」をヒットさせる歌手だが、三沢京介と淡い恋愛感情を交わすことになるだろう。広島(戦争)の影を引きずる人間の犯罪という物語は、『ゴジラ』や松本清張作品のように衝撃的だが、それにもまして、この作品が印象深いのは、再び言えば、ある恨みの感情に捻じ曲げられた肉体のリアリティをとらえていることにある。

 そしてその肉体のリアリティは、広島の悲劇をも含んだ時代の呻きを正確に伝える類のものであった。『怪奇大作戦』DVDボックスに寄稿された文章で、社会学者の宮台真司は、「平成の希薄さ」と対比される「昭和の濃密さ」を強調しているが、ここに横溢しているのは闇としての肉体である。そしてそれが実在したのは、正確には、昭和全般ではなく、せいぜい昭和40年代までである。上野昂志によれば、それは60年代の終わり(昭和44年)までとなる。上野の『肉体の時代』は「体験的‘60年代文化論」というサブタイトルがある。

 上野は60年代を肉体の時代と規定し、そこに肉体としての大衆の状況を感受していた。例えば、『二匹の牡犬』(64年)の緑魔子に「すでに根を断ち切られ、どこにも行くことができないままに、否応もなく現在を流れていく下層大衆の歪んだ肉体というべきもの」を見いだし、つい最近死去した大島渚の異色作『天草四郎時貞』(62年)に「集団抗争時代劇」が描こうとした「黒々とした死」を感受する。「実際、いま『天草四郎時貞』を想い出してみても、何か、真っ暗ななかを人々が動き回っていたという印象がまずするぐらいに黒々としていた」

 「死神の子守唄」も、同様、黒々とした画面が印象的で、とりわけ最後の犯人逮捕の場面では、夜の中でさらに、機動隊が投下する発煙筒のせいで、画面に何が映っているかわからなくなる瞬間がいくつかある。だがその画面の濃密な力は、今のテレビではなかなか見ることのできないものだ。そしてその60年代的濃密さをさらに決定づけるのが俳優の肉体である。一度聴いたら忘れられない挿入歌を歌う高木京子を演じる深山ユリの憂い顔は、見る者の胸を打たずにはいられない。また、彼女の兄を演じる草野大悟の怒りと哀しみで押しつぶされる直前のような歪んだ表情と肉体は、岸田森を凌ぐ強度を持ち得ている。警察官に取り押さえられ、妹に向かって「京子、後は麻生博士に頼め」と叫ぶ時の表情はなんとも素晴らしい。

 草野大悟は吉野貞夫のような役をよく演じる俳優で、常田富士男や新しいところでは稲川淳二の系列に属するが、昭和の匂いをぷんぷん匂わせる名役者である。彼の肉体なくしては「死神の子守唄」は成立しなかったであろうと思う。そして彼の肉体は戦後のもうひとつの肉体の正確な陰画と成り得ている。「戦後のもうひとつの肉体」とは、坂井義則の肉体のことである。

 「坂井義則」と聞いてもぴんと来ない人も多いかとは思う。東京オリンピックの聖火最終ランナーで、開会式で聖火を灯した人物と言えば、ほとんどの人は思い浮かぶだろう。早稲田大学の陸上部員で、オリンピック出場を目指していたが、最終選考で落ちてしまう。その彼が最終聖火ランナーに選ばれた理由は、彼が昭和20年8月6日という運命的な日に広島県三次市に生まれたからである。坂井義則の肉体は戦後日本の復活と同時に、広島の悲劇を乗り越える=忘却する象徴としてあったのである。東京オリンピックが開催された1964年は、よく言われるように、戦争(広島)が風化し始める年であった(であるがゆえに小松左京は『日本アパッチ族』と『日本沈没』をこの年に書いた)。そして現在においても、安部晋三総理や猪瀬直樹東京都知事によって、「輝ける60年代日本」が無理やり反復させられようとしている。

60年代において戦後日本は「坂井義則」の肉体の方へと大きく舵を切っていったのである。「死神の子守唄」における吉野貞夫とその妹京子の肉体は、それへのアンチとしてあった。忘却される者の抵抗としてあった。そして彼らの肉体は、60年代を生きていたほかの肉体の状況と呼応するものであった。『怪奇大作戦』が放映された1968~69年は闇としての肉体が最後の主張を許された時代であった。であるがゆえに、「死神の子守唄」においてSRIの牧は、吉野を「吉野君」と友人扱いし、彼の絶望の傍らにに優しげに並んで立ったのである。

 上野昂志は次のように80年代半ばに書いた。「六〇年代が、さまざまな制度から肉体が意識的、無意識的にはぐれだした時代であったとすれば、八〇年代のいまは、そのはぐれた肉体を改めて囲い込む時代なのだ。そして、この先には、電子的メディア環境における肉体の消滅と、生命科学による肉体の解体・再構成が眼前の事実として迫っている」昭和と平成を隔てる大きなポイントはここにあるだろう。結局のところ平成のSFは肉体の消滅と嬉々と戯れたSFであった。例外的に『盤上の夜』(宮内悠介)は昭和的である。立法者の欲望を呼び込むことで、肉体の囲い込みに抗っているからだ。制度(法)には容易く馴致されない欲望を生きようとする不実な肉体の活力を漲らせている。制度(法)を執行停止に追い込み、新たなるシステム=法を設立しようとする企てを擁護する『盤上の夜』には、懐かしき昭和の魅力が満ち満ちている。

 最後に広島の風化問題についてひとこと。毎年8月6日の記念日があることによって、広島は原爆の風化に抗っている。この日がなければ、原爆の問題はとっくに忘れられているだろう。「3・11」直後、経済効率優先の生き方を改めるべきだ、と言いながら、それを風化させ、「アベノミクス」という言葉と嬉々と戯れているのがこの国の現状なのだから(そしてまた「3・11」はすぐ風化するから商品にならない、とSF関係者が口にしてしまうのだから)。平成日本は罪深いほどにヘルシーなのである。ルーマニア人の思想家シオランは「私はシャツを着がえるようにして絶望を変えてきた」と言っているが、絶望は日々更新されなければ壊死してしまう運命にある。真の絶望から生まれる真の祈りもまた、健康の本性上、風化される運命にある。絶望=祈りの壊死に抗うことは文学の倫理のはずだが、SFはその倫理に同調するのだろうか?それともそれを解体することに価値を見いだすのだろうか?(石和義之)